この日はB&Bに着いて直ぐ、ティを馳走になった後、島へ渡ったのは17年振りと言うローリーの案内で、地図を片手に島を散策した。
島にあるクルマは先の旧いローバー1台だけで、タクシーなど存在する道理は無い。歩く。
ここイニシュマン島は短い草と石だけに覆われた何もない島だ。島の周りはクリフに囲まれ、外部からの訪問者を拒むようにして湾に浮いている。
1メートルほどの高さに築かれた、アラン独特の石積み塀に囲まれた道を黙々と歩く。幾度かすれちがった島民は暖かい笑顔で挨拶を交わすが、しかしその表情には深いシワが刻まれ、生活の厳しさを物語っている。
途中、郵便局...といったって外観は普通の家屋と変わらぬ郵便局へ立ち寄り、日本の知人に向けて手紙を出した。受け取った本人の思いより、差し出すこちらの思い入れが深い。
2時間が過ぎた。道は無くなり岩だらけの海岸地帯である。
その先端にはいきなり海が見える。飛行機から見たあのクリフだ。
風は荒れ狂ったように殴りつけ、岸壁に砕け散った波しぶきはへ降りかかる。景色を眺める余裕など無い。恐怖を察知し、本能的に膝まづいてしまう。島に住む男達はこのクリフから釣糸を垂らし、手漕ぎ船でこの荒波に立向かい、それで漁をしていたと言うのか!
信じられない。生きるためとはいえ余りにも厳しすぎる現実ではないか。とても真似は出来ない...そのとき着ていた己のアランスェターに気付き、恥を忍んでそう思った。
イニシュマン島の峻烈な気侯は、ダブリンやロンドンとは比較にならない。
雨水なのか海水なのか、強い風に混じり冷たい氷雨が吹きつける。岩盤の地を耕し、僅かな土を集め、海草を撒いて堆肥とする。高山植物のごとき雑草を糧に少ない羊を飼い、その羊毛を紡いではスェターを編む。そして男はスェターを着て漁に出る。富という一語はどこにも見当たらないのである。
電気仕掛けの娯楽と呼べるものは何も無い。たった一軒の、サインも出していないパブでギネスをやることが、島に住む男達の唯一の愉しみなのだろう。
ゴツゴツとした岩だらけの地面を歩いて、時計の針を気にしながら帰る途中、太陽は海の中へ沈んだ。
月の出ないこの季節は、暗闇と風の音だけが支配する---哀しみさえ湧いてくる、そんな夜だった。
食事のあと我ら一行はパブへ出向き、それぞれの想いを噛みしめながらギネスで夜のひとときを過ごした。
ここはヨーロッパの西の端。アランの島なのである...。
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