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アラン探訪 そして英国へ



第1章 いざアイルランドへ

バークレイコートホテル

アイルランドの首都ダブリンに着いたのが夜の8時30分、定刻。日付は変わって1月21日。
出発前の打ち合わせ通りアイルランド政府商務庁関係の案内人、大塚氏が空港で待っていた。氏は3年ほど前からダブリンに在住している60才くらいの紳士だ。
空港では挨拶も程々に、一行6名はタクシーと氏の車へ分乗してホテルに向かった。ガイドブックにも載っていないそのホテルは、おおよそ無名の二流宿だろうと高を括っていたのだが...。

首都ダブリンの夜景 我々が乗り込んだタクシーが高速道を飛ばし、やがて滑り込んだ立派な車寄せへ停まると、同時に精悍なユニフォーム姿のベルボーイが飛んで来た。ドアを開け「ウェルカム、サー」と流暢な英語で挨拶を投げかけ、機敏な動作でトランクの荷物を運び始めた。
ベルキャプテン、ポーターなど、大勢の年配ホテルスタッフがロビー各所に配置している。天井は見上げるほど高かく、正面の壁には巨大なタピストリー吊るしてある。踏み入れた靴が音もなく絨毯に埋まった。
走り去ったタクシーの後には、ワインレッドのシルバーシャドウ(ロールス・ロイス)が静かにそのドアを開けた。
これはどえらいことになった。なにしろこっちは、たった1時間前に地球の裏側から飛行機でやって来たばかりの着たきり雀。クタクタになったコーデュロイパンツとシェトランドスェター、おまけに髭も伸び放題。おおよそ似つかわしくない出で立ちで、呆然と立ち尽くすしか策がない。
道理でタクシーの運転手が我々の行き先を聴いて、不審な面もちを見せたはずである。
パークレイコートホテル。
このホテルこそアイルランド屈指の超一流ホテル。ガイドブックを片手に観光客が寝泊まりするところではない。

それから2日間は展示会「ショウケース」に終始した。鬼神のごときハードな内容で仕事を終え、一息を入れる間もなく、夜はリセプションパーティ「クラブショウケース」が開かれる。 クラブショウケースの一幕
夕刻。
展示会場の隣にある大きなダンスホールへ移動した。それにしても何という広さか。後日、ロンドンで訪ねた王立美術館でも桁外れに広い館内で迷い酷い目に遭うのだが、その贅を尽くした建物の造りには、前世紀の華々しかった欧州文化の名残を強く知らしめられる。
パーティは、リセプションとはいえ堅苦しいわけではなく、20卓ほどの丸テーブルと、正面のパフォーマンス・ステージ、参加者のためのダンスフロア、それに、ホールの両サイドへドリンク&フードのストールが並ぶ立食スタイルである。
我々が入場したころには既に多くの人で賑わっていて、その人々の大半はアイリッシュ、つまりショウケース出店している連中らしい。日本人はおろか東洋人らしき人物は我々だけで些か気恥ずかしいが、空いているのはステージに最も近いテーブルだけだった。
席に着き、まずはギネス(アイルランド名物の黒ビール、大層旨い)で乾杯。今夜はアイルランドの民族音楽と、独特のダンスでステージが綴られる。

地方によって特徴が異なると聞くアイリッシュダンスに見入りながら、一行は始まったばかりの旅を回顧し、和やかな談笑にひとときを費やしていた。
すると、言葉は判らないがノリの良いアイリッシュが、屈託のない笑顔で座っている我々の手をひっぱる。どうやら一緒に踊ろうと言っているらしい。
最初は照れ臭かったものの、一旦踊り始めればこっちも嫌いな訳ではない。全員が席を立ち、見よう見真似で誰かれなく手をつなぎ、即席のアイリッシュダンサーの誕生だ。 アイリッシュダンス!
フィナーレ。50人ほどが手を取り合い、輪になって、聴き覚えのある唄を曲を唄いながら「サンキュー」と声をかけ合う。本音、建前のない純粋なアイリッシュにすっかりのせられてしまった一夜だった。

冷たい夜風に火照った体を冷ましながら、バークレイコートホテルに帰り着いたのが午後10時ごろだろうか。限られた時間の中で無駄を排除したスケジュールをこなし、一同はもはや放心状態である。
アイルランド商務庁が、何故、超一流ホテルを用意したのか、よく理解できた。もしここが三流ホテルや安物民宿だったら、頭に来て不満をぶちまけているか、さもなくば体調を崩していたか、そのどちらかだろう。
書類の整理もつかぬまま、みなぐっすりと寝入ってしまった。
* アラン探訪 そして英国へ2 *

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どうぞお楽しみください。