オータムピクニック
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彼:「水、大丈夫ですか〜? あ、あそこにダンボールが...」
僕:「おーっ、そりゃイイですね〜。それじゃあ...」
即席MGショップは店をたたみ、出立の準備にとりかかった。
いよいよフリースだけでは寒さを凌げず、メルトンのジャケットを重ねて首にマフラーを巻き付けた。これでは真冬も同然の格好だ。
しかし気温は低く、先刻ガスコンロで暖めた指先はすでに冷たい。
その指と同じく冷え切ったエンジンに火を入れ、つかの間の暖機運転の合間に、校舎の裏に捨ててあったダンボールを拾い、登山ナイフでラジエターの寸法に切り細工。ラジエターコアの1/3を覆う、即席ウォーマーの出来上がりだ。どうやら寒くて震えているのは乗員ばかりでなく、MGBも同様らしい。まったく手間の掛かることこの上ない。
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一方、ラジエターの加圧キャップは、つい先頃純正部品に取り替えたばかりである。それまでの社外品とは加圧スプリングのレートが異なり、前者の方が柔らかい。したがって、オーバーフロウホースへ逃げる冷却水の温度は、沸点が下がった分だけ低くなり、量もより多くを失う。
加圧密閉式ではあっても、循環型ではない(リザーバタンクを持たない)アーリーモデルMGBの泣き所ではある。
とはいえ、それがこのMGBの標準だというなら、走行不能に陥ることは無いのだろう...が、やはり、サーモスタットの無い状態と併せ考えれば、不安がないとは思い難い。少なくともヒーターバルブを開放する気には、ついぞなれなかった。
2台のMGは、燃ゆる山間を疾走する。
ところどころの植樹された無粋な針葉樹林に目をつむれば、紅葉と戯れる、文字通りの紅葉狩りである。乾いた空気はピンと張りつめ、その静寂を突き破るエキゾーストノートが、どこまでも遠く木霊した。
ピッチを上げる両MGは、やがて大きな幹線に合流し、予定のルートを経て山上湖の畔に佇むレストハウスへと滑り込んだ。
たいしたこだわりのない珈琲が、冷え切った、しかし興奮の冷めやらぬ咽越しには、滅法美味い。またしてものMG談義に多大な時間を費やし、まったくの上機嫌なひとときを過ごしたのだった。
その時間の最後の客となってレストハウスを出ると、駐車場に停めたMGBとMIDGETの影は、大きく傾いた太陽に照らされて車高の倍にも引き伸ばされていた。
気温はどれほどなのだろう。肌を刺す寒風がふきぬけ、もうすぐ眠りに就く山の頂の表情に名残を惜しみ復路への支度を整える。冷え切って硬くならないうちにトノウの半分を閉じて、トランクのブランケットを助手席に移し、準備完了。
彼の挙げた左手を合図に、閑散とした道路へ漕ぎ出した。
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僕:「きょうは、ホントにありがとうね〜!」
彼:「いーや、こっちこそ。また来ましょうよ!!」
先行する MIDGETを追いかけながら、視野の光景を脳裏に刻む。
4つ目のブラインドコーナーを抜けたとき、右手に突然現れた夕陽が朱赤のMIDGETに大量の光線をそそいだ。道路脇の赤や黄に茂る広葉樹のなかでMIDGETは、ある瞬間、MGBの前から消えた...。
そこからの数十キロは交互に先頭を入れ替わり、互いのクルマを眺めながら、本日最後のレストポイントへ向かった。道中の西側の夕陽はさらに低く沈みゆき、ついに山の向こうへその姿を隠した。
名物だと自称する「串だんご」をレストポイントで腹に収め、半日を振り返る。朝のガレージに始まり、独りワインディングロードを駆け上がって、廃校跡でMGパーティ、ラジエターウォーマーに、メルトンジャケット、そして紅葉にうもれるMIDGETの勇姿...。かくも至福な「時」は、そうザラに味わえるモノではない。
佳き友、佳きクルマ、佳き場所に恵まれてこそ、初めて得られる貴い「時」なのだ。
そう想うと無性に嬉しくなってきて、もう6年来のつき合いになる彼と、思わず握手を交わしていた。そうして互いの帰路の安全を祈り、かつ、またの再会を誓い合って、それぞれのガレージを目指して走り出した。
みやげに買った「串だんご」を、トノウの中へ大切に忍ばせて...。
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